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令和八年三月度 御報恩御講

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 私達末法の衆生は過去世からの謗法や罪障を背負っています。
 そのためポイントにもありましたように今、信心修行をしっかりとして罪障消滅をしていくことが大事になります。
 『法華題目抄』には、
「法華経の意をもしらず、義理をもあぢはゝずして、只南無妙法蓮華経と計り五字七字に限りて、一日に一返、一月乃至一年十年一期生の間に只一返なんど唱へても軽重の悪に引かれずして四悪趣におもむかず、つひに不退の位にいたるべしや」
とあり、一日または一生において、御題目を一遍唱えただけでも不退の位に至ると御教示されていますが、はたして一遍の唱題によって、不退の位に至ることができるのかと言えば、そう簡単なことではありません。
 第二十六世日寛上人はこのことについて、  
「若し過去の謗法なき人は実に所問の如し。遂に不退に到るべし。然るに我等衆生は過去の謗法無量なり。この謗法の罪滅し難し」
と御教示されています。すなわち過去に謗法が全くない人は一遍の題目によって不退の位に至ることができますが、はじめにも言いましたように、私達には過去世からの無量の謗法があるため、ただ一遍の題目だけでというわけにはいかないのです。
 それゆえに日寛上人は、
「故に信力強盛に妙行を励むべきなり」
と仰せになっています。過去世からの無量の謗法を抱えている末法の衆生である私達でも、妙行すなわち御本尊様を固く信じ、弛まず唱題をし折伏を行じていくことにより、必ず罪障消滅が叶い、幸福な境界が開かれてくるのです。
 しかし「難信難解」と法華経に説かれているように、信じ、そして行じていくということは、簡単なことではありません。
『四条金吾殿御返事』には、
「此の経をきゝうくる人は多し。まことに聞き受くる如くに大難来たれども「憶持不忘」の人は希なるなり。受くるはやすく、持つはかたし。さる間成仏は持つにあり」
と仰せのように、せっかくこの正法に巡り会えても魔や難に負けて捨ててしまう人も多くいます。そのような中で、持ち続けることが大事であるとのお言葉です。
 大聖人様の仏法を固く信受し、毎日怠らずに信心修行し、持ち続けていくならば、『聖愚問答抄』に、
「南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪や有るべき、来たらぬ福や有るべき。真実なり甚深なり、是を信受すべし」
とあるように、過去からの悪業の罪障を消滅すると同時に、幸福が訪れると仰せになっています。
 まずは御本尊様に向かい真心から唱題し、その功徳をもって折伏に精進して参りましょう。
 また今月29日には第1回目の支部総登山が行われます。
 大聖人様は、
「毎年度々の御参詣には、無始の罪障も定めて今生一世に消滅すべきか」
と、たびたび大聖人様のもとに参詣した四条金吾の信心を称えられています。
 大御本尊様と御法主上人猊下在す総本山に登山参詣して罪障消滅を願い、折伏成就を御祈念していくことも大切な修行です。
 この罪障消滅をさせていただける機会に積極的に参加して、講中一丸となって日々精進して参りましょう。

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