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令和八年七月度 御報恩御講

令和八年七月御講御聖訓.png

 大聖人様は『崇峻天皇御書』に、
「一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬ひしはいかなる事ぞ。教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ」
と仰せられています。
 不軽菩薩は像法時代に出現し、一切衆生に仏性があるとして二十四字の法華経といわれる、
「我は汝らを深く敬い、決して軽んじない。何故なら、汝らは皆菩薩道を修行し、必ず仏に成るからである」
と礼拝合掌をする修行をされました。
 この不軽菩薩の礼拝の修行に対して、増上慢の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷らの四衆は、不軽菩薩に対して怒りの心を生じて、悪口罵詈・杖木瓦石をもって迫害を加えました。しかし、不軽菩薩はそれでも礼拝行を続けたのです。
 不軽菩薩はその功徳によって、命が終わろうとする時に、威音王仏の説かれた法華経を虚空のうちに聞いて、受持し六根清浄を得て、広く人々のために法華経を説いたのです。
 その結果、かつて不軽菩薩に対して、悪口罵詈・杖木瓦石をもって迫害を加えた人達も、一度は地獄に堕ちましたが、法華経を聞いた縁によって再び不軽菩薩の教化を受けて救われたのです。
 今の私達も、不軽菩薩の修行がそうであったように、折伏を行じていけば、様々な非難・中傷や妨害・迫害を受けることもあるかと思います。
 しかし『四条金吾殿御返事』に、
「法華経の御信心強盛なれば大難もかねて消え候か」
と仰せのように、どのような困難が来ようとも、強盛なる信心をもってこれを受け止め、大難が来るのは、むしろ過去からの罪障を消滅する絶好の機会であると捉え、なお一層の信心修行に励むのであれば、大難も消え失うせて、計り知れない大きな功徳を頂戴することができるのです。
 そのためにも、末法という時代に大聖人様の仏法を信じる私たちは、左右の讃文に「若悩乱者頭破七分」「有供養者福過十号」と認められ、大聖人様が『経王殿御返事』に、
「日蓮がたましひをすみにそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ。仏の御意は法華経なり。日蓮がたましひは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし」
と仰せられた、本門戒壇の大御本尊を正しく受持し、正法誹謗の人々に対して折伏を行じて、自らは正法を賛嘆供養すれば、大きな功徳をいただくことができるのです。
 御法主日如上人猊下は、
「折伏は我々の言っていることを、相手が信じてくれなければ何もなりません。相手の信頼に足る言葉、行い、意がなければ折伏は成就しないのであります。大御本尊への絶対信をもって自行化他の信心に励むとき、妙法の広大なる功徳によって自らが変わり、相手が変わり、折伏成就に至るのであります。まさしく妙法の力であります」
と御指南のように、大御本尊への絶対の信をもち、信心修行に精進していくならば折伏も個々の願いも成就していくと仰せです。
 自身が御本尊様を心から信じて正法誹謗を犯さないよう戒めるのはもちろんのこと、知らず知らずのうちに正法誹謗を犯してしまっている人達を御本尊様のもとに導いていくためにも折伏を行じて、日々の信心修行に精進して参りましょう。

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